レポート・歴史

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7月例会
2013/07/18

7月例会

●日時  平成25年7月11日(木) 講演 18:30


●テーマ 「初対面の相手の心を一瞬で開く方法」

●講 師  フリーアナウンサー/パーソナルプロデューサー
     生田(いくた)サリー氏                      
              
●プロフィール

(株)ポニーキャニオン勤務を経て、
タレント、フリーアナウンサーに転身。

朝日放送で週に6本のテレビ・ラジオ番組に
司会で出演するなど活躍後、1997年に渡米。


ニューヨークに10年間滞在し、
司会、リポーター、ナレーターとして数々の番組に出演。

有名ハリウッド俳優をはじめ、
3000人以上のインタビューを日本語・英語で行なう。

また、政治家や経営者・ビジネスパーソンに、
心を開いて話すパブリック スピーチの大切さを伝えている。


国際イベント・シンポジウムの司会、
人生・夢・女性としての生き方についての講演など、
幅広く活動中。

中部経済新聞にて、
コラム『愛されるリーダーの条件』(毎週月曜日)連載中。 
http://www.saliikuta.com/


    

●会場 料亭 蔦茂 (講演会、親睦会)

    名古屋市中区栄3-9-27 TEL 052-241-3666 
    http://www.tsutamo.com/





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.7月例会
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━━━━━━━━━━━━━━━━━━2013/7/30━━━

  7月例会 講演レポート 

   テーマ「初対面の相手の心を一瞬で開く方法」

   講師 フリーアナウンサー/パーソナルプロデューサー
      生田(いくた)サリー氏

 NAGOYA KEIEI KENKYUKAI  BUSINESS & CULTURE    
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          開催日 平成25年7月11日(木)   
          会場  料亭 蔦茂   


■アメリカで学んだ「相手の心を一瞬で開く方法」

ワールドプレミアという、
世界で一番最初に映画を披露するメディア向けの
上映会があります。

毎回、世界中のメディア関係者が2000人くらい集まって、
3日間くらい取材をするのです。

私は、日本でアナウンサーとして活動した後、
1997年からニューヨークに10年暮らし、
テレビの司会やリポートをさせて頂いていました。

数々のハリウッド映画のインタビューもさせていただきました。


中学時代から英語は好きで、その後も英語を学び続け、
なんとなく話せるような気分で行ったわけですが、
全く私の英語が通用しませんでした。


ニューヨークには世界中の人が集まっている。

私たちの英語は、オーストラリア人には聞き取れないし、
反対にオーストラリアの英語は、私たちには聞き取れない。

アメリカの少しブロークンな感じの英語は、
聞き取るのに苦労しました。

当時、アメリカの俳優学校で発音矯正のクラスも受講し、
1つ1つのアルファベットをどういうふうに発音するか
ということも勉強しました。


そんなアメリカの生活の中で感じたことがあります。

一般的に日本の方はシャイで、
自分の感情を表に出すことが苦手です。

でも、それでは相手に理解されないことも多くあるのです。

反対にアメリカでは、どこでも、すぐに話しかけてくる。

目が合うとにっこり笑い、
道を歩いていても、すぐに靴や服を褒めてくれる。

信号待ちをしているときや、
ビルのエレベータで一緒になっても、
「あなたのそのコートいいね。どこで買ったの?」と
声をかけてくれたりします。


自分の思っていることを素直に伝える。

話しかけるのが恥ずかしいと思わずに、
思っていることを素直に自分から話しかけないと
人とのコミュニケーションはスタートしないんだなと感じました。


相手の心を一瞬で開くために一番大切なものは、
自分から心を開くこと。

そのときの自分のテンションだったり、
自分の表情であったりします。
私は100%の笑顔で会うことを心がけていました。

コミュニケーションで大切なことは、
まず「笑顔でいる」こと。

次に、「自分から話しかける」ということです。


日本では、立場が偉くなってくると、
部下が挨拶をすると、自分も挨拶をするという
タイプの人がいらっしゃいます。

自分から心を開いて話しかけるということが、
コミュニケーションをする上で、
自分の人生の可能性をドンドン開いていくのです。

これは職場だけでなく、日頃の日常生活の中でも同じです。


自分から心を開いて話す。

そのためには「相手に伝わるように伝える」ことが大事です。

相手のことを褒めるということも、
コミュニケーションを円滑にします。

自分が相手のことを好意的に思っているよ、
ということが、ちゃんと伝わるように伝える。


女性同士の場合は、「あっ髪型、変えたね」とか、
「今日の洋服、ステキだね」といった話をする
きっかけがあります。

ところが、男性の場合、
ステキだなと思っても女性に対してはもちろん、
男性同士でも伝えあうことはほとんどありませんよね。

これが日本人のコミュニケーションの中で、
欠けていることじゃないかと思います。


会ってすぐに、相手の良いところを褒める。
自分が感じた相手の良いところを伝える。

これを日常的にやっていると、
コミュニケーションは劇的に変化していきます。

褒められると、つい、「いえいえ」と言ってしまう癖が
ついてしまっている人が多いですが
褒め言葉を素直に受け取ることが大事なのです。


今までインタビューをしてきて、
成功している人に「落ち込んだとき、悩んだ時には
どうするのですか?」と聞くと、

だいたいの人が「褒められる人のところに行く」と
おっしゃいます。

自分のことを認めて褒めてくれる人に、
皆会いたくなるものなのです。

自分のことを信じてくれているということがわかると、
自分もその相手におかえしをしてあげようと思えるようになる。

そこで人間のコミュニケーション能力が深まっていく。


褒めることを日常的にしていただきたいと思います。
褒められたら、素直に受け取る。

そして、今度は
いろんな人に褒められたときの幸せな気持ちを
おすそわけしていく。

そういうことをやっていくと
人間関係が豊かになっていくと思います。


■挑戦したいことを、挑戦したいときに、挑戦する

今、中学生や、大学生向けの講演で、
よく、「夢を持つことの大切さ」について
お話をさせていただきます。


アメリカは自分の年齢を全く気にしないで
やりたいことにトライする人が多い国です。

私がバレエレッスンなどに通っても、
60代のおばあさんが毎週来ていらっしゃるのです。

50代で、自分の子供が全員二十歳を超えたことをきっかけに、
アメリカに留学してこられた日本人の主婦の方も
いらっしゃいました。


何かをやりたいというと、
日本では、「何のためにやるの?」「ビジネスになるの?」
という人がいますが、

自分がやりたいことを、やりたいときに、
自分のタイミングとしてやっていくことが、
人生を楽しむ秘訣だと思います。


アメリカでは、
起業に就職で応募する際、年齢を聞かれることがありません。
性別や年齢などは制限されないのです。

年齢を気にせずに、挑戦したいことに挑戦できるというのが
アメリカでは可能性として開かれているのです。


2011年、2012年と
ドリームプラン・プレゼンテーションという
大人が堂々と夢を語るというイベントで
実行委員長をさせていただきました。

今年は8月18日に刈谷市で行われます。

それ以外に、去年、一昨年と
「女性のココロとカラダの健康を守るチャリティウォーク」の
実行委員長をさせていただきました。

私含め、スタッフも全員ボランティアです。


出会う人、一人一人を大切にする。
目の前の人、目の前の仕事を大切にするということが、
必ず未来につながっていくと思っています。


目の前の人に誠意を尽くし、
相手の心を開くということを続けていただき、

素敵なコミュニケーションをしていただきながら、
人生の可能性をどんどん開いていっていただきたいなと
思います。

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.河村名古屋市長 −参議院 議員候補者 宇田氏多忙の中 参加下さいました 

平成25年6月例会
2013/06/08

.━━━━━━━━━━━━━━━━━━2013/6/11━━━

  6月例会 講演レポート 

   テーマ「國酒プロジェクト
       〜東海『4』県とフランスが育てた
        経済政策決定プロセスの新潮流〜」

   講師 名古屋大学教授 佐藤 宣之 氏
      前・内閣官房国家戦略室参事官

 NAGOYA KEIEI KENKYUKAI  BUSINESS & CULTURE    
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 
          開催日 平成25年6月5日(水)   
          会場  札幌かに本家・栄中央店   

■私が名古屋にいる理由

私は「本物」の教授ではありません。
昨年8月、財務省から2年間の任期付きで
名古屋大学に出向することとなりました。

名古屋に住むのは初めて。

あえて名古屋との縁を探すと、
大学同級生には、その後職場の同期にもなった
古川元久代議士(旭丘高校出身)、

また「いつやるか、今でしょ!」でブレーク中の
林修先生(東海高校出身)がいます。


その古川代議士とはその後、
本日のテーマである「國酒プロジェクト」で
共に働くこととなりました。

元々国家公務員になる気が無かった私に
国家公務員試験受験を推奨(というよりは強要)したのも、
旭丘高校出身者でした。

こうやって振り返ると、
名古屋人は私の人生に実は大きな影響を
与えていたことになります。


■財務省というところ

中の人間が言うのも妙ですが、
財務省というとお堅いイメージが強いと思います。

確かに予算、税制等々財布を守るのが主な仕事なので、
仕事が堅いのは間違いありません。

でも職員一人一人には自由がある、
というか自由な発想、思考を常に求められます。


内外の情勢が激しく変化する中で、
先例踏襲の仕事で済むはずもなく、
どのような役職にあっても日々新たな課題を突き付けられ、
解決策を考えることが求められてきました。


大蔵省の人事担当者が内定学生24人を前に、
「大蔵省には多様な人材が求められる、
例えば頭が切れる者もぼんやりしている者も。」と
話していたのが思い出されます

(「ぼんやり・・」の下りの際に私を見ていた
 気がしてなりません)。


■平成の夏目漱石

入省3年目で国内研修、海外研修の
分かれ道に差し掛かりましたが、
幸運にも後者となり、イギリスに2年間留学しました。

実は生まれて初めての海外。

ヒースロー空港が見えた際、
「これが夏目漱石先生も見た光景か。」と
胸がワクワクしました。


授業は高度かつ勿論英語なので大変に辛かったのですが、
夏休み、冬休み、春休みは欧州を大周遊。

特に衝撃だったのは、
ドーバー海峡一つ隔てただけのフランスの
食事の美味しさでした。


ジャガイモにフォークを刺しただけで
「食べなくても美味しさが判る!」あの感動。

パリへの愛が芽生えるきっかけとなりました。


■29歳の税務署長

入省7年目、他の同期と共に全国の税務署長に転出。
私は静岡県の磐田税務署長となりました。


税務署長は様々な会合で
多くの方と会う機会が多いのですが、

私は知らない土地なので誰も知らず、
他方相手は若い税務署長の私のことを知っている
非対称性。


若さゆえの記憶力でカバーしようと思い、
山盛りの名刺を神経衰弱のように並べて
ひたすら頭に叩き込んだところ、

半年弱で署内で管内情勢に一番詳しくなった
ような気がします。


税務署の仕事の一つである酒類行政を通じて、
日本酒の魅力にも初めて触れ、地酒振興にも努力しました。

若い税務署長はその後世間の批判に晒され、
現在は一律の税務署長転出はなくなりましたが、

東京の住宅地育ちの私個人に関する限り、
この経験無くして今の自分もないし、
「國酒プロジェクト」も作り得なかったと確信しています。


■シンガポール

磐田税務署長からそのままシンガポール大使館へ出向。

シンガポールでは官民問わず意思決定が早く、
且つ建前よりも実利志向で、
私のメール即レス体質の礎となりました。


大使館員は公私含め会食の機会が多く、

”Camels can work without drinking three weeks,
while diplomats can drink without working three weeks”

とのジョークも存在するほど。


限られた財布で客人に楽しんでもらおうと
お店の人とやり取りをするうちに、

メニューに出ておらず、でもおいしくて安いものが
多数存在することが判ってきました。


3年間の勤務のうち、最後の1年は
アジア通貨危機と重なり多忙となりましたが、

要人面談に際しては、まず面談自体をセット、
落ち着いたところで夕食のメニュー「作成」に没頭。

「大変な会議の後に美味しい料理が食べられるので
頑張れる。」と政府高官から言われたのは嬉しかったです。


■念願のパリへ

本当にパリに転勤。

フランス料理を堪能するうちに、
単に味自体が優れているだけでなく、
ブランド力が高いことを実感しました。


国内で低迷する日本酒、焼酎にとっても
学ぶべき点が多いのではないか、

日本酒、焼酎を
市場の大きいアメリカや中国に輸出するだけでなく、

パリで日本酒、焼酎にブランド力を付加する努力が
長期的に重要ではないか、等々真剣に思うに至ります。


自分の本業でもないし、
且つ誰にも頼まれていないのに、

気がつけば、洋食器メーカー・ベルナルドの
パリ中心部のショールームで
日本酒、焼酎と洋食器のマリアージュイベントを
プロデュースしていました。


ほぼ同時期、偶然にも私と同じ思想で
パリでの展開に注力されていたのが、
あの獺祭(だっさい)の櫻井博志社長。

でも少なくとも当時、
櫻井社長や私のように考える人は
日本では圧倒的少数派でした・・・・


■國酒プロジェクト

サラリーマンの宿命、楽しかったパリから強制送還。

気がつけば日本酒がライフワークのような感じで、
モナコの王室やインドでの
日本酒プロモーションのお手伝いをしていました。


インドの件は日本で少し報道され、
「これは誰のアイデアか?」と側近にご下問したのが
古川国家戦略担当大臣。

すぐさま古川大臣本人から私宛てに電話があり
「自分は酒は弱いが、実は前から日本酒を以て
海外に売り込む戦略を作りたいと思っていた。
佐藤、頼む。」と。

私からは「焼酎を含めた國酒でやりましょう。」と提言、
かくして「國酒プロジェクト」の幕を切ったのです。


金融庁での仕事はそのままなので、多忙を極めましたが、
仕事はスピードが命、

電話からちょうど一カ月後に
古川大臣から「國酒プロジェクト」立ち上げを公表。


公表文書の中で日本酒、焼酎を

「地域発・日本再生の救世主」、
「21 世紀の異文化との架け橋」

と自信をもって位置付けたのは、
磐田税務署長、シンガポール、パリの経験無くしては
あり得ません。


■名古屋での今後

またまたサラリーマンの宿命で、
「國酒プロジェクト」開始から3カ月半で
名古屋大学に転勤することとなりました。

研究テーマは何でもいいですと言われてビックリ。


取りあえず東海エリアの人も酒も知らないので
時間の許す限りあちこち訪問していたところ、

國酒を切り口に新種の産学官連携モデルを
打ちたててもいいかなと着想。

これが本人の予想を超えて反響があったので、
名城大学等の先生と組んで
「東海4県21世紀國酒研究会」を立ち上げて
しまいました。


早いもので名古屋大学での残りの任期も1年と少し。

今後も発想を限りなく柔軟に行い、
自分らしい活動にまい進したいと思っています。


平成25年6月例会
2013/06/08

6月例会

●日時 平成25年6月5日(水)   
    
    18:00 受付
    18:30 講演会
    20:00 懇親会

●テーマ 「國酒プロジェクト
     〜東海『4』県とフランスが育てた経済政策決定プロセスの新潮流〜」

●講 師  名古屋大学教授 佐藤 宣之氏
     前・内閣官房国家戦略室参事官
     http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/npu/policy04/archive12.html       
              
●プロフィール
1965年に東京都杉並区にて出生。
1988年に東京大学法学部第一類(私法コース)卒業し
同年に大蔵省(現・財務省)入省。

人事院行政官長期在外研究員として

英国ケンブリッジ大学留学(経済学修士)、
名屋国税局磐田税務署長、
在シンガポール日本国大使館二等書記官・一等書記官、

東国税局総務部総務課長、OECD金融企業局(パリ)、
財務省財務総合政策研究所国際流室長、
内閣官房国家戦略室参事官等を経て

2012年より2年間の予定で
名古屋大学学院経済学研究科教授として出向。

●会場 札幌かに本家・栄中央店 
    TEL 052-263-1161 


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■平成25年5月例会
2013/05/18

■平成25年5月例会
━━━━━━━━━━━━━━━━━━2013/5/31━━━

  5月例会 講演レポート 

   テーマ「オグリズム 今日から人生が変わる黄金ルール」

   講師 ネッツトヨタ名古屋株式会社
      代表取締役社長 小栗成男氏

 NAGOYA KEIEI KENKYUKAI  BUSINESS & CULTURE    
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 
          開催日 平成25年5月9日(木)   
          会場  ローズコートホテル   

■比叡山の荒行で学んだこと

私は学生時代、またアメリカ研修での経験から
いろんなことを学びました。

その一部と、トヨタ自動車と全国のトヨタ販売店向けに
研修教材として共同開発した「店頭即決術」の一部を
本にまとめたのが
「オグリズム−今日から人生が変わる黄金ルール」です。


私は、大学2年に上がるときに
体育会自動車部からゴルフ部へ転部しました。

そのゴルフ部を通じて、
出逢った大津新一さんにとても気に入っていただきました。

「お前をゴルフで日本一のプレーヤーにして、やるから」
といっていただいたのです。

その言葉をいただいてから1年。

俺はこのままでは日本一になれないな。
どうしたらいいだろう?と思い、友だちに相談したのです。

そこで、比叡山の「千日回峰行」という
荒行の話を聞きました。
よし、それだと思い、一人で比叡山に向かったのです。

天台宗の僧侶、内海阿闍梨という方に会いに行きました。

11月でしたが、
初雪が降った比叡山はとても寒かったのを覚えています。

「ゴルフで日本一になりたい。精神修行をさせてください」
という私の話に、「お前、覚悟はいいか?」と聞かれ、
「はい」「じゃ、来週から来い」というわけで、
修行が始まったわけです。


夜中の3時から、修行は始まります。

一人の修行僧の後について、
一晩中、比叡山の中を歩き続けるのです。
初日は何とか終わりました。

ところが何日か経過した時に、その修行僧が
「私の後ろからついてくるのでは、修行にならないから、
今日から10メートル離れて歩け」というのです。

山中ですから真っ暗で、前が見えない。
事件が起きたのがその翌日でした。

夜中の2時頃に、
落ち武者達が怒号とともに目の前に現れたのです。

もちろん妄想なのですが、
本当にドラマで見るような血を流し、
髷が垂れ落ちた落ち武者が何百人と迫って来たのです。

その後も、朝まで歩き続けたのですが、
あまりの恐怖で、もう俺は限界だと。
このままいったら恐怖で気がふれるという
心理状態になりました。

しばらくして内海阿闍梨さんに泣きながら、
「もう、帰してください」と訴えたのです。

そこで私は
「貴様っ!、男が一旦言ったことを、何ごとだっ!」と
ド叱られました。

ただ、私としては、
恐くて、それどころじゃなかったのです。

そのあと、
阿闍梨さんのところに、挨拶に行き、許していただのです。

ただ、修行を予定期間より短縮したこと、
そのときに「決めたことは必ずやり遂げろ!」と言われたことが、
今でも私の中にずっと鮮明に残っています。

そのことが
「自分がやると決めたことは絶対にやり抜く」という
教訓になりました。


■地上最強の商人、ビジャンとの出会い

私がこの世で最大限、感動した話をしたいと思います。

映画プリティ・ウーマンで有名になった
ハリウッドのロデオドライブにビジャンという
ブランドの店があります。

ビジャンは、世界で一番高級なブティックの
オーナーです(故人)。


私の宝物であり、オグリズムの原点になった本があります。
オグ・マンディーノが書いた「地上最強の商人」
という本です。

ビジャンは、私の心の中の「地上最強の商人」といえます。
なぜ地上最強の商人かと申し上げますと、
ビジャンとの出会いが私の人生を大きく変えたからです。


私は2000年にアメリカでのプログラムを終え、
日本に帰国した翌年、研修でアメリカに行きました。  
 
そこで高級ブランドが並ぶロデオドライブで
ビジャンの店を見つけたのです。
ちょっと入ってやれという感じでドアを開けました。

そこには180センチくらい身長がある
ブロンドの綺麗な女性が2人座っていました。
私を頭の先からつま先まで「じろっ〜」と見下すのです。

小さなキーホルダーが20万もするお店です。


しばらくして、
マネージアという品の良い女性が出てこられました。

何かお探しのものがあればご案内しますが、
いかがでしょうか?といわれて、
高いなと思いながらも、
あとには引けないものですから階段を上がって行ったのです。


そこには、
クリントンやヒラリー、著名人の写真がたくさん並んでいる。
ところが、2階に上がったら商品がないのです。

商品の棚を開けると値段もついていない、
いかにも高そうな商品が並んでいました。

でも、そこまでしていただいたら、
何か買わないといけないなと。

そのときは、ネクタイくらいだったらと思い、
1本購入したわけです。

これが最初の出会いだったわけですが、
そのときビジャンはいませんでした。


その後、アメリカに行き、
店を訪れたときに、ビジャン本人がいたのです。

びっくりすることに、
あの世界一のビジャンですら物腰が柔らかい。
このことが、勉強になりました。

いずれ金を稼いで、
こんなすごい店でお金のことを気にせずに買い物をしたい
という夢を描きました。


そのとき私はビジャンに質問をしたのです。

「なぜ、そんなに成功したのか?」

彼はこう言いました。

私は、一気に成功したわけじゃない。
私はイスラエル人で、正直言って、
最初は英語も話をすることができなかった。

そこからのスタートだったが、
自分でポリシー持っていたことは、
自分の目の前に会った人には、絶対に全精力で接していた。
その結果に過ぎない。

私は、すごいなと思いました。


私が4回目くらいに行った時、
シャツを欲しいなと思っていたのです。
ところがシャツに体を合わせると、袖が長い。

どれくらいの時間で袖を直せるのかと
ビジャンに聞いたら1時間くらいかかると。

1時間して戻ってきたら、
申し訳ないけれど、まだできていないというわけです。

すぐ日本に帰らないといけないので時間がないというと、
じゃあ、あと10分だけ時間をくれというわけです。


ところが10分して、店に戻ったら、まだできていなかった。
今、ラッピングしているという。

また、いい加減なことをいっていると思ったので、
「もう待てない、もういい、帰るっ!」といって
帰ろうとしたのです。

すると、彼は
必死に私の手をつかんで、
2分くらい歩いたところに連れて行かれました。

そこは5、6人の白髪の紳士な人たちが
裁縫をやっている部屋でした。

そうしたら、
本当に今ラッピングをやっているところだったのです。

正直言って、彼にとって、
シャツ1枚なんて、大したことはない。

日本から来て、
それほど高い買い物をするわけでもないような人間に
差別なく接する彼の姿勢に感動しました。


もうひとつだけ感動したことがあります。

あるとき、店にいったとき
クロコダイルのジャンパーがあったのです。
高そうだし、買う気はなかった。

すると、ぱっと私の横に来て、
「気に入った?」と彼が聞くのです。

「気に入ったのなら、今日、持って帰ってくれ。
お金はいつでもいい」というわけです。

車を売っていて、こんなこと、私は言えません。
すごいことです。

これが、彼が苦労しながら成功してきた商売の極意
なのかなと思いました。

今までの経験から学んだことを活かして
これからも、一所懸命、ビジネスを頑張って行きたいと
思っています。

■平成25年5月例会
2013/05/16

■平成25年5月例会

日時  平成25年5月9日(木) 講演 18:30

講師  ネッツトヨタ名古屋株式会社  
    代表取締役社長 小栗成男氏


テーマ「オグリズム 今日から人生が変わる黄金ルール」


会場  ローズコートホテル (予定)
    名古屋市中区大須4-9-30 
    TEL 052-269-1811

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